先週末、近所に住む30代半ばのご近所ゲイとお茶をした。最近ちょくちょく遊んでもらっている。
他愛もない話の流れから、自分が若かった頃の話になった。地方に住んでいた自分は、比較的若い頃から地元のゲイバーに出入りしていた。人口も少ない地方のせいか、飲み屋に出ている若いゲイは少数派‥というかほぼおらず、「若い子が好き」という年上ゲイにはモテた。‥と言うと語弊があるが、ありがたいことに他に選択肢がないから”誘って”いただく機会がそこそこあり、自分的には黄金時代だった。人口が多い都会だったらこうはいかなかっただろう。
年に数回は友人と上京して遊んだ。その時は決まって新宿あたりで集合し、「二丁目」に行くこともあった。待ち合わせの時間まで余裕があるときは一人で「二丁目」周辺を見物がてらウロウロすることもあったのだが、カラダを売っている子に勘違いされ「いくら?」とお値段確認されることが何度かあった。そんな昼間に一人でうろついている若い子というのは、”売っている子”が多かったのかもしれない。 中にはしつこく付きまとってきたり、断っているにもかかわらず何度も声をかけてくるオジサマもいて、「おじさんマジコワイ」と思っていた。それももう25年も前の話だ。

今思えばありがたいお話で、今となっては付きまとって欲しいくらいだ。誰も付きまとってくれない。寄ってくるのは蚊くらいで、宗教の勧誘すら寄ってこない。下手したらこちらが付きまとう側になりかねない、立派なおじさんになってしまった。
そんな昔話をしていたら、ご近所ゲイにふと言われた。 「◯◯さん(わたし)は、押したらイケそう(≒やれそう)な感じしますもん。隙があると言うか‥」
思い返せば、別の人にも過去に同じようなことを言われた記憶がある。
確かに、自分の性格を客観的に見ても、どちらかといえば相手のペースに合わせるタイプで、もともと優柔不断な気質だ。「俺について来い」と先陣を切るようなリーダー気質でもなければ、自分の信念に突き進むタイプでもない。年齢を重ねて以前よりは物事を決断できるようになったつもりだが、根っこの部分には優柔不断な側面がまだしっかりと残っているのだろう。
若い頃から強く口説かれたら「ちょっとくらいいいかな」と思ってしまうフシも正直あった。今はもっとハードルが下がっていて、口説かれたら即「いいよ」って思ってしまうだろう。口には出さないが、心の中では完全にウェルカムだ。我ながら結構チョロい。
そういうところが漏れ出ているのか、周りから見ると「隙」として映り、「チョロそう」ってバレているのかもしれない。
でも、少しくらい隙があって、ちょっと口説いたら落とせそう‥くらいのほうが良くない?
‥おじさんはダメかw



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