「自分が同性愛者だと気づいて思い悩み、葛藤の末に受け入れる……」みたいな話を時々耳にする。一方で、自分の場合はそういう苦悩とは無縁のタイプだった。かなり早い段階で、しかも比較的あっさり受け入れたパターンのゲイである。
物心ついた時には既に普通に男が好きだったし、自然に「そういうもの」としてすんなり受け入れていた。
一番古い記憶は保育園の時。
どうしても仲の良かったKくんのお尻が見たかった私は、別の友人を巻き込んで「僕たちのお尻を見せてあげるから、Kくんのお尻も見せてよ」と持ちかけた。
今思えば、Kくんにとっては一切メリットがない迷惑極まりない取引条件だ。当然、交渉は失敗した。これが私の最古のゲイ関連かつ、人生初のハラスメントの記憶である。
押し入れへ連れ込まれる
小学生になり、隣に住む5年生のお兄ちゃんとよく遊ぶようになった。 ある日、なぜか押し入れに入るように言われ、暗闇の中で抱きつかれながら「アンアン……(みたいなこと)」と言い出したのである。 当時の私は「なになに!? 何やってるの!?」と、押し入れの真っ暗な状況も相まって、性的な意識はなかったものの、「なんか面白い”遊びなのかな”」とワクワクしていた。
ちなみに、その後お兄ちゃんはお父さんにバレてこっぴどく怒られていた。 お陰でそれ以降お兄ちゃんから押し入れに誘われることはなく、少し残念に思っていた(記憶は曖昧だが、お兄ちゃんの親にチクったのは多分私だ)。
「◯◯見せて」
小学4年生のとき、遠くから引っ越してきたOくんと仲良くなった。 教室の席も近く、自分と同じく活発に外で走り回るタイプではないOくんとは、学校外でもよく遊んだ。Oくんの家は新しくて広くて、正直羨ましかった。
そのOくんが牙をむいた……というか、本性を現したのは、小5の高原学校だった。 私の生まれ育った地域では、5年生になると「登山」をするイベントがある。本当に嫌だった。 その高原学校のお風呂に入っているとき、近くにいたOくんがバザーッと立ち上がり、「ち◯こ」を見せてきたのだ。そして「僕の見せたから、◯◯くん(私)のも見せて」と言い出した。
――それ、昔私がKくんにやったやつと同じじゃないか。しかも前面全開の要求である。 当時はシャイだったため、Oくんはしつこく要求してきたが普通に拒否した。むしろ内心ちょっと軽蔑した(自分の過去は棚に上げw)。その後、中学校にあがる頃までOくんとは仲良くしていたが、クラス替えもあり少しずつ疎遠になっていった。 思えばOくんも、少しずつ「しなやか」な感じに変貌していった気がする。おそらくだが、Oくんもセクシャルマイノリティだったのだろう。たぶん。違ったらごめん。
方針と対策
自分自身は、小学4〜5年生になる頃には「自分は女より男が好きだな」というのがハッキリしていた。他の子とは少し違うという自覚もあった。 ここで思い悩む人も多いと思うが、当時の私は意外と前向きだった。男が好きなら、どうすればいいのか。
「……そうだ、見た目を女に寄せたらイケるんじゃないか?」 という、自分なりの解決策を打ち出していたのだ。
もちろん、全く悩まなかったといえば嘘になる。
ある日ふと鏡で見た自分の顔は、パッとしない子猿のような男の子だった。キリッとしたイケメンでも、キラキラした可愛さもなく、そこには地味な顔立ちの生物だった。この顔でこの先ずっと生きていかないといけないなんて本当に恐怖だし、今思い返してもトラウマ級の衝撃だった。未だに、自分の顔を初めて客観的に認識した日のショックは忘れない。
それでも、自分なりに打てる手を打った。 それまでずっとスポーツ刈りだった髪を、少しずつ伸ばし始めたのだ。前髪は目にかかるくらいまで垂らし、サイドは耳にかかるくらいに整える。 同世代の方なら「吉田栄作」とか「トランクス(ドラゴンボール)」を想像してもらえるとそれに近い。当時、私が思い描いた「女性に寄せる」は、「髪を長めにする」が限界だったのだ。
小学生の自分が考えた精一杯のあがきである。 今思えば当時は「女の子になりたかった」のかもしれない。今となってはその気は一切ないが、若干トランスジェンダーっぽさもあったのだろう。男の子が好きだったけれど、当時はまだ「ゲイ」という”業界”があることは知らなかったので「女性に近づく」という作戦を真面目に考えていたのだ。
そんな小猿も、今はただの「男好きなゲイ」として生きている。


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