某ケータイショップを退職しようと決意した私は、とりあえず有名どころの転職サイト3箇所に登録した。会社にはまだ退職の意思を伝えていなかったが、辞めれば「仕事も住む場所も自由に選べる」と思うと、世の中が少し明るく見えた。せっかく転職するなら、前職での不満を綺麗さっぱり払拭してやろうと、転職先の条件は「前職の嫌だったところの裏返し」をベースに絞り込んでいった。
1. 転職先の条件
これまでの不満や不安要素をリセットし、最低限の労働環境と社会的信用が担保される場所を探していた。転職サイトのスカウトサービスに登録はしてみたものの、低学歴・スキルなしの35歳に届くスカウトは、同業のケータイ業界か「人手不足だから誰でもいいんだろうな」と察してしまうような会社ばかりだった。
受け身ではどうにもならないと悟り、私は以下の条件を満たす会社を自力で検索した。
- 正社員 年齢的にも、ある程度の安定は求めていた。
- 年間休日120日以上 純粋にたくさん休みたい。前職が104日だったので、2週間以上も休みが増えたら感動ものである。
- 代理店ではなく事業会社で、知名度があること 看板だけ借りて本社に搾取される、ケータイショップ時代の構造的な不満を消したかった。
- 35歳以上でも応募可能 年齢の壁で求人数が半減する現実を思い知った。
- 学歴不問であること 4大卒でないと求人数がさらに半減する。行けるなら大学は行っておくべきだと痛感した。
- 未経験でも応募が可能であること 何としてでもケータイ業界からは脱却したかった。
- 勤務地はできれば東京周辺の関東エリア ゲイの単身者としては、地方より都会のほうが出会いもイベントも多い。
要するに、これまでのキャリアの閉塞感をすべてリセットし、最低限の生活基盤が担保される場所をピンポイントで探していた。そんな中で、これらの条件をすべてクリアしているように見えたのが、某外資系ECサイト(以下”弊社”と表記)の「倉庫での物流管理」の求人だった。
当時の求人票に明記はなかったが、弊社の日本法人における「正社員」はジョブレベル3(L3)からのスタートとなる。弊社には全世界共通の階層制度が敷かれており、倉庫部門のジョブレベルをざっくり説明すると以下の通りだ(施設や部門によって異なる)。
- L1、L2|現場の作業スタッフ(契約社員)
- L3|各プロセスのアシスタント(ここから正社員)
- L4|各プロセスのマネージャー
- L5|複数プロセスのマネージャー
- L6|部門のマネージャー
- L7〜|上級マネージャー、倉庫の施設長など
35歳の中途採用としては決して高いスタートではなく、実質的には巨大倉庫での「ちょっと権限のある現場担当」くらいの立ち位置だ。それでも、疲弊しきったケータイ業界から抜け出して生活を立て直すという目的からすれば、十分すぎる条件だった。
2. 楽天との区別すらつかない無知と、「ブラック企業」への警戒
地方住まいであまり積極的に通販を活用していなかった私は、弊社からは過去にCDや本を数回買ったことがある程度で、当時は楽天市場との区別すらついていなかった。そのため、まずはこの2つの違いを検索して調べることから始めたほどだ。
さらにネットで会社の情報を調べていると、「ブラック企業」という喜ばしくないワードがこれでもかとヒットし、中には「不当解雇で会社を訴えている」「ユニオン結成」といった記事まで出てくる始末。当時の私はこれらの記事を見て、正直かなりビビっていた。それでも応募に踏み切ったのは、「外資系ECの巨大倉庫って実際どうなっているのか見てみたい」という純粋な野次馬根性があったからだ。面接に行けば巨大な物流倉庫の中が少しは覗けるだろうという、ちょっとした好奇心も動機の一つだった。
3. 採用ページを読み込み、求められる人物像を演じきる
「どうせ落とされるだろうけど、有名企業の面接に行ってみたい」と社会科見学気分で応募ボタンを押したものの、せっかく挑むからには会社が求めていそうな人物像になりきろうと思い始める。採用サイトを隅から隅まで読み込み、「リーダーシップ・プリンシプル(OLP)」をはじめとする企業理念に目を通した。
そこから導き出した人物像は「数字を持って論理的に説明できる人間」だ。いかにも外資系が求めそうなキャラクターである。ネットに転がっている面接体験談から、過去に取り組んだプロジェクトの深掘りが来ると予測。話せそうなエピソードを複数用意し、さらに「失敗談とそのリカバリー方法」をあらかじめ一つ仕込んでおいた。自分が持てる手札の中で、外資系が好みそうな「ロジカルシンキングができる人」をそれっぽく演じる準備を整えた。
4. トータル4時間の耐久面接と、想定外の深掘り
選考プロセスは1時間の電話面接から始まった。自宅から寝間着のまま、カンペを片手に挑んだ。「リクルーター」と呼ばれる人との電話面接で、予想通り前職で取り組んだエピソードを中心に質問された。この日は一次面接のみで終了し、「結果は後日連絡します」とのことだったが、なかなか連絡は来なかった。
「やっぱり落とされたんだろうな」と諦めた頃に通過の連絡が入り、次は採用されたら勤務する予定の倉庫へ直接赴くことになった。現地では3人の面接官と1対1で各1時間ずつ。事前の電話面接と合わせると、トータル4人の面接官を相手にする計4時間の長丁場となった。
面接で私が提示したのは、自ら手を動かしたカイゼンやプロジェクトだ。ケータイショップ特有のアナログな在庫管理や人的ミスの温床となっていた作業を、Microsoft Accessとバーコードを用いて簡易的だがシステム化し、各種管理を容易にしたエピソードをぶつけた。数字の根拠もあらかじめ用意して臨んだが、そこは腐っても巨大外資。面接の場では、私の用意した表面的な数字にとどまらず、さらに一段も二段も深いレベルでの数値的根拠や、その場での試算を容赦なく要求された。
さらに面接官の一人から「弊社を退職した後は、次は何をしたいの?」と唐突に聞かれた。「みんな弊社を踏み台にしてるし、取り繕わずに言っていいんだよ」と。入社したくて面接に来ている人間に向かって退職後のキャリアを聞くなど、高度な引っかけ問題かと心の中でめちゃくちゃ警戒した。しかし、入社初日にも同じことを聞かれたため、あれは引っかけでも何でもなく、個人のキャリアパスをドライに捉えるカルチャーに基づいた普通の質問だったのだ。
面接では4人全員が「前職での改善エピソード」や「失敗談とそのリカバリー方法」など、ほぼ同じような質問をしてきた。私は面接官が変わるたびに、ひたすら同じ受け答えを繰り返した。「面接内容の共有はされないの?」と疑問に思ったが、おそらく先入観を排除するために、あえてその場では面接内容を共有しないプロセスになっていたのだろう。
5. 完全に忘れた頃に届いた内定連絡
現地での面接を終えてからも一向に連絡が来ず、完全に落ちたと思い込んでいた。「そろそろ次の会社を探そう」と思っていた頃、唐突に電話が鳴った。まさにケータイショップでの勤務中だった。
たまたま接客中ではなかったためバックヤードで電話に出ると、「採用ということでよろしくお願いします」との内定通知。耳を疑ったが、本当に採用されていた。電話を切った私はその足で店長の元へ直行し、その日のうちに「次が決まったんで退職したいっす」と申し出た。後日、わざわざ本部の管理者との面談までセットされる面倒な展開になったが、無事に退職を確定させることはできた。
ちなみに、最後まで有給消化はさせてもらえなかった。もちろん有給消化を申し出たが、普通に「ダメ」と言われた。今では考えられないが、「最後まであの会社らしいな」と妙に納得してしまった。
6. まとめ
華やかな経歴などなくても、企業側が求めているポイントに絞って実績を当てはめることで、35歳未経験の地方出身者でも大手企業の扉を開くことはできた。 低学歴でもなんとかなることもあるものだ。


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