社内ツールの乱立と「手段の目的化」

仕事のこと

1. 乱立する社内ツールと、降ってくる「使え」の命令

社内を見渡すと、業務を効率化するための便利なツールが次々と生み出されては消えていく。データを集計して綺麗に可視化されたダッシュボードや、最近はトレンドに合わせたAI関連ツールなど、数え上げればキリがない。

色々な部署の、色々な開発者が、色々なものを作るため、これらのツールが「乱立」している。よそのチームが勝手に作ったものなら「へえ、そんなのあるんだ」で済むが、問題は自分が所属する関連チームがプロジェクトとして立ち上げた物である。

こうなると容赦なく「このツールは便利だからこれを使っていきましょう」という実質「命令」とも言える指示が降ってくる。そして、「そのツールを利用したこと」を実績として集計・報告させられることもある。厄介なのは、それが必ずしも業務に役立つ、あるいは便利とは限らないことだ。むしろ、すでにある別のツールの方が圧倒的に使い勝手が良い場合でさえ、「こちらを使ってください」と強制される。我が社には「Disagree(異議を唱える)」が推奨されている文化があるため、もちろん反証は試みるが、上から落ちてきた決定事項はだいたい押し切られる。決まった以上はコミットするのがルール(LP:リーダーシップ・プリンシプル)だ。……もはや呪縛と言っていい。

2. いつの間にかツールを「作ること・使うこと」が目的になる

シンプルに「このツール(手段)を使えば、こういう成果が出せる(目的)」という二本立てで考えるようにしているのだが、社内を見渡すとそのツールを「作ること」、あるいはそのツールを「使うこと」自体が目的になっている光景を往々にして目撃する。

まず、冒頭で触れた社内ツールがまさにそうだ。本来は業務効率化のための手段であるはずなのに、いつの間にかツールを「作ること」、あるいはツールを「使うこと」自体が目的になっている挙句、 そのツール単体では機能がカバーしきれず、結局別の手作業を組み合わせるハメになるなど、本末転倒な事例は山ほどある。

ちょっとした資料作成でも同じことが言える。本来の目的は「現状を正しく伝えて、次のアクションを決めること」のはずである。それなのに、必要以上にきれいに整った資料を「作ること」自体が目的化していないか? 中身の品質や議論の深さよりも、見た目の体裁やレイアウトばかりに無駄な時間を費やしてしまうのだ。これは自分もよくある‥気づけば「いい見た目」になるよう時間をかけている‥こだわりたくなってしまうのだ。

なぜこんなことが起きるのか。理由は薄々気づいている。 ツールの作成者(あるいは資料の作成者)としては、社内での「実績」や「やった感」が欲しいのだろう。作成者の最終的な目的は、自分たちの評価やプロモーション(昇進)のため。「このツールを作ってこれだけの成果を出しました」という実績を残すために作り、半ば無理やり使わせているケースが少なくない。

3. 合理的な外資系カルチャーすら歪ませる「矛盾」

仕事をしていて頻繁に遭遇する、こうした「手段の目的化」。 思い返せば、前職のケータイショップ時代もそうだった。店舗の売上ノルマを達成するために不要なオプションを客に売りつける営業は、本来の「便利な通信インフラを提供する」という目的を見失い、ただ「数字を作る(手段)」ことに終始した結果だった。

実は、今いる外資系企業では、本来「それは何のためにやるのか?」が厳しく問われる合理的なカルチャーがある。

例えばミーティングだ。意味のないミーティングはNGであり、とりあえず集まって定例報告をするような、ミーティングを「やること」自体が目的になっていてはならない。 「そのミーティングは、何を決めるために集まっているのか?」というゴールは常に明確にされる。さらに、呼ばれる参加者も「決断できる人」や「意見を出せる人」である必要がある。その集まりが単なる「説明会」でない限り、参加する側にもそれなりの責任とアウトプットが求められるのだ。

綺麗すぎる資料も同じだ。 「そのレポートは、誰がどんな意思決定をするために必要なのか?」が問われる。

このように、普段は「目的」と「手段」を明確に分ける空気があるはずなのだ。それにもかかわらず、こと「新しいツールの導入」や「個人のプロモーション(昇進)」が絡むと、途端にこの大原則が吹き飛び、先述したような『手段の目的化』が平然とまかり通る。外資系といえど、結局は人間の集まりなのだと痛感する矛盾である。

作業に没頭していると、人間はどうしても目の前のタスク(手段)をこなすこと自体に満足感を覚えてしまう。会社の合理的なカルチャーすら歪むのだから、一個人が流されるのは一瞬だ。だからこそ、定期的に手を止めて「そもそも、これをやって何になるんだっけ?」と冷めた目で全体を見直す必要がある。

4. まとめ

目的を見失ったツールや仕事は、ただの自己満足であり、会社にとっても自分にとっても最大の無駄でしかない。

上からの指示や社内政治で、時には使いたくないツールを使わされる理不尽や矛盾はある。それでも、自分自身の軸まで「手段の目的化」に飲み込まれないよう、冷静に「何のためにやるのか」を見極める視点だけは手放さないようにしたい。

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