1. 通信業界への憧れと、カウンターの裏側へ
高校生の頃、同級生が持っていたポケベルに心を奪われたのがすべての始まりだった。バイト代をはたいて手に入れた通信機器への執着は、ポケベルに始まり、PHS、そして携帯電話へとスライドしていった。当時は親の同意書を握りしめ、自ら某d社(以下”キャリア”と表記)のケータイショップへ通っていた。あの頃のケータイショップは、最先端の未来を扱う華やかな職場に見え、いつかここで働きたいという憧れがあった。
新卒で入った会社を1年で早々に投げ出し、「働きたくないが働かねばならない」という消極的な動機から派遣登録へ流れた。そこで出会ったのが、家電量販店で携帯受付を行う「ヘルパー」という仕事だ。auの担当から始まり、J-Phone(現・Softbank)の営業担当に誘われてJ-Phoneへ移籍。その後、派遣会社からの紹介で「憧れのケータイショップ」で仕事をすることになった。
そのケータイショップでは、派遣スタッフから契約社員、そして正社員へ。一般販売スタッフから故障受付の責任者を経て、最終的には副店長になっていた。気づけば通算13年間、ケータイショップという空間に在籍していた。
2. 「代理店」という構造の限界と、中小企業のワンマン経営
世間一般の顧客は、ケータイショップのカウンターにいる人間を「キャリアの社員」だと思っている人が多いようだ。学生の頃の自分もそう思っていた。だからこそ、「いい会社に勤めていてお給料もいいんでしょ」「殿様商売」といった”嫌味”を言われることは珍しくなかった。実際はその真逆だ。
ケータイショップの多くはキャリアそのものが運営していることは少なく、あくまで看板を借りている別の代理店である中小企業だ。経営者がワンマンであれば、その歪みはすべて現場に直撃する。基本給は決して多くはなく、会社の都合で公休日は限界まで削られ、サービス残業やサービス休日出勤は常態化。店舗のノルマを達成するためにスタッフが「身銭を切って」自社回線やオプションを契約させられるのも月末の恒例行事になっていた。
さらに、キャリアからの代理店手数料や従業員向けの福利厚生は年々容赦なく減額されていった。副店長という立場は、上からの数字のプレッシャーと現場の不満の板挟みとなり、ただ精神がすり減っていくだけの中間管理職になっていた。
3. 手数料減額の現実と、「ケータイショップ潰し」の確信
業界の飽和が進む中、キャリアが代理店へ支払う手数料やインセンティブの条件は年々厳しいものとなっていった。さらに、故障受付の現場でも受付手数料は容赦なく削られ、窓口での故障受付という機能自体がコストの割に合わないものへ変貌していった(のちに実質的な窓口での故障対応は縮小し、ケータイ保証等による交換対応がメインとなったようだ)。
この露骨な締め付けに気付いたとき、「これ、ショップを潰そうとしているだろ‥」と確信していた。莫大な維持コストがかかるリアル店舗網は、すでに荷が重いお荷物になりつつあったのだろう。のちに某キャリアが2022年度から2025年度までの計画で、全国に約2,300店舗あったショップを約3割(約700店舗)削減する方針を打ち出していた。「ほら!やっぱり!!」と思った反面、自分がその予兆を感じていたのは2015年前後だったので、実際に実行に移されるまでのタイムラグを思えば、「意外と長く持ったな‥」というのが本音だ。
移動体通信以外の多角化を急ぐキャリアの動きと、店舗網をジリ貧に追い込む構造改革。私はそれらを目の当たりにするうちに、それなりに持っていたはずの愛社精神ごと、キャリアそのものが心底嫌いになっていった。
4. 利益追求の構造と、エンドユーザーを無視した営業スタイルへの絶望
もはや普通に受付をしているだけでは代理店の運営が成り立たない構造となっていった。そこに重くのしかかったのが、キャリアから提示されるシビアな販売手数料の条件だった。タブレットの販売率やオプション追加率などの条件によってインセンティブが変動する仕組みであり、「こう動かざるを得ない」という状況に追い込まれていた。
あの手この手でお客さんからお金を取ることしか考えていない。お客さんの利用状況に対して「最適プランよりも高いプラン」をつけないといけない構造になったときは本気でウンザリした。
社内では、運営会社の上層部から「我々のお客様はキャリアだ。キャリアが求める数字を作るのが仕事だ」と明確に言い放たれた。ビジネスの構造上、BtoBの論理としては一理あると理解できなくもなかったが、目の前にいるエンドユーザーを事実上無視して数字を追うスタイルは、どうしても自分の中で受け入れられなかった。
来店者に対し、お世辞にも誠実とは言えないセールストークで不要なオプションやタブレットを抱き合わせる。そんな営業スタイルを回さなければ会社が潰れる。その数字を追わせる毎日に強烈な嫌気が差し、私はこの業界に見切りをつけた。
5. まとめ
通信インフラという生活のライフラインを扱う場所は、いつの間にか親会社のコストカットと代理店の延命のための、将来性のない職場と化していた。あの時、見切りをつけて本当に良かったと思っている。
思えばあの現場では、お客様にとって不要なタブレットやオプションをいかに効率よく抱き合わせるかという「押し売り」のような仕組みの最前線に立たされていた。
当時の自分は、「一度就職したら退職は悪」「どんなにきつくても耐え抜かないといけない」と本気で思い込んでいた。しかし、その構造に愛想を尽かして思い切って業界を離れてみて感じたのは、「環境は変えてもいいんだ」という、拍子抜けするほどシンプルなことだった。
合わない環境で無理して耐え続ける必要はない。嫌気が差したら逃げればいい。あの時、ケータイショップを捨てるという選択をしたからこそ、今は別の場所にいる。そして今の場所でも、また別の角度で悪あがきを続けている…って話はまた別の機会に。


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